cscscscs

記録用

量子力学の数学的基礎 ヒルベルト空間と完備性

量子測定、特にインストルメントに興味がありまして勉強したいのですが、そのためには、まず、その数学的基礎について知っておかないといけない様子でした。ということで、量子力学の数学的基礎について自分用にある程度まとめていきます。

予備知識は、数学の常識と線形代数と「測度論を使えば微妙なことについてちゃんと議論できること」を知っている事、の3つです。

 

今回はヒルベルト空間と完備性、当分は常識が多くなると思いますが、許してください。

 

以下の複素数体$\mathrm{C}$を実数体$\mathrm{R}$に読み替えても成立します。量子力学では複素ヒルベルト空間しか用いないので$\mathrm{C}$で記述してあります。

 

ノルムと内積

定義1.0 ノルムとノルム空間

$\mathcal{H}$を$\mathrm{C}$上のベクトル空間とする。$\mathcal{H}$の任意のベクトル$\psi$に対して、数$\|\psi\|_{\mathcal{H}} \in \mathrm{R}$が対応し、以下の性質(B.1)~(B.4)が満たされるとき、$ \|\cdot\|_{\mathcal{H}} $を$\mathcal{H}$のノルム(norm)とよび、$\mathcal{H}$を$\mathrm{K}$上のノルム空間(normed vector space)あるいは、多分、前バナッハ空間(pre-Banach space)という。

 (B.1)  正値性(positiveness) 

すべての$\phi \in \mathcal{H}$に対して、$\|\phi\|_{\mathcal{H}} \geq 0$.

(B.2) 正定値性(positive-definiteness)

$\|phi\|_{\mathcal{H}} = 0$ ならば $\phi = 0$.

(B.3) 三角不等式(triangle-inequality)または劣加法性(subadditivity)

任意の$\psi, \phi \in \mathcal{H}$に対して,

$\|\psi+\phi\|_{\mathcal{H}} \leq \|\psi\|_{\mathcal{H}} + \| \phi\|_{\mathcal{H}} $

(B.4)絶対値斉次性(absolutely homogeneous) 

任意の$\psi \in \mathcal{H}$と$\alpha \in \mathrm{C}$に対して、$\|\alpha\psi\|_{\mathcal{H}} =\alpha\|\psi\|_{\mathcal{H}}$ 

 

定義1.1 内積内積空間

$\mathcal{H}$を$\mathrm{C}$上のベクトル空間とする。$\mathcal{H}$の任意の二つのベクトル$\psi, \phi$に対して、数$(\psi, \phi)_{\mathcal{H}} \in \mathrm{C}$が対応し、以下の性質(H.1)~(H.4)が満たされるとき、$ (\cdot, \cdot)_{\mathcal{H}} $を$\mathcal{H}$の内積(inner product)とよび、$\mathcal{H}$を$\mathrm{K}$上の内積空間(inner product space)あるいは、ヒルベルト空間(pre-Hilbert space)という。

(H.1)  正値性(positiveness) 

すべての$\phi \in \mathcal{H}$に対して、$(\phi,\phi)_{\mathcal{H}} \geq 0$.

(H.2) 正定値性(positive-definiteness)

$(\phi,\phi)_{\mathcal{H}} = 0$ ならば $\phi = 0$.

(H.3) 線型性(linearlity)

任意の$\psi, \phi_{1}, \phi_{2} \in \mathcal{H}$と $\alpha, \beta \in \mathrm{C}$に対して,

$(\psi,\alpha\phi_{1}+\beta\phi_{2})_{\mathcal{H}} =\alpha(\psi,\phi_{1})_{\mathcal{H}} + \beta(\psi, \phi_{2})_{\mathcal{H}} $

(H.4) 対称性(symmetry) 

任意の$\psi,\phi \in \mathcal{H}$に対して、$(\psi,\phi)_{\mathcal{H}} =(\phi,\psi)^{*}_{\mathcal{H}}$ *1

 

間違えやすいのですが、$(\alpha\phi_{1}+\beta\phi_{2},\psi)_{\mathcal{H}} =\alpha^{*}(\phi_{1},\psi)_{\mathcal{H}} + \beta^{*}(\phi_{2},\psi)_{\mathcal{H}} $です。また、$(\psi,\psi)_{\mathcal{H}}$は実数です。以上二つは上の定義から簡単に示せます。

内積空間上で$\|\psi\|_{\mathcal{H}} := \sqrt{(\psi,\psi)_{\mathcal{H}}}$とノルムを定義すると、これは確かにノルムになっていますね、なので内積空間はノルム空間です。

 また、"前"ヒルベルト空間 というのは何故かと言うと、完備ではないからです。ヒルベルト空間を完備化すればヒルベルト空間になります。

完備性と反例

定義1.2 完備性

$\mathcal{H}$を$\mathrm{C}$上のベクトル空間とする。列 $\psi_{n} \in \mathcal{H}$が以下を満たすとき、それをコーシー列(cauchy sequence)、または基本列(fundamental sequence)という。

任意の$\epsilon \in \mathrm{R}$に対して、ある自然数$N$が存在し、任意の自然数$n,m > N$ に対して、 $\|\psi_{n}-\psi_{m}\| < \epsilon$を満たす

定理1.3 収束列はコーシー列である

証明略。

 定理1.3の逆は一般には偽です。そこで、以下でその例を構成します。

 前ヒルベルト空間のコーシー列で収束しない例

$\mathrm{R}$上の無限次元線形空間として以下のように定義される$l^2$を考える$$l^2 = \left\{ a = \{ a_{n} \} = (a_{1},a_{2},\cdots) \; | \; \sum_{i}^{\infty} a_{i}^{2}が有限 \right\}$$

無限次元ベクトルは、成分が無限個あるので、それを添え字の小さい方から$a_{1},a_{2},\cdots$としているわけです。数列1つ1つが$l^2$のベクトルになります。

二乗無限和が有限というのは内積を定義するために必要になってきます。

このベクトル空間で内積を(有限次元ベクトル空間の標準内積からとって)、

$$({a_{n}},b_{n})_{l^2} = \sum_{i}^{\infty}a_{i}b_{i}$$

と定義します。この内積が有限であることを示すため二乗無限和が有限という条件が必要になります。

以上から、$l^2$が少なくとも(実数)前ヒルベルト空間であることが分かりました。

$l$内の部分空間として$l_{0} \subset l^2$を以下のように定義します。

$$l_{0} = \left\{ \{a_{n}\} \; | \; a_{n}の0でない成分は有限個 \right\}$$

これは確かにベクトル空間だし、0でない成分が有限個なら無限和も有限和になるので、$l_{0}$の元は$l^2$の元である為の条件を満たします。また、「0でない成分が有限個」は「ある$N$が存在しN以上の添字の成分はすべて0」と言っても同じです。

そして、$l_{0}$は上の内積がそのまま定義できます。よって$l_{0}$が少なくとも(実数)前ヒルベルト空間であることも分かりました。

ここから、$l_{0}$のコーシー列で$l_{0}$で収束しないものを構成します。

$l_{0}$の列$\{a_{n}\}_{m} \in l_{0}$以下のように定義します。( mが$l_{0}$のベクトル一個一個に付く添字で、$n$がベクトルの成分に付く添字です)

$$ \{a_{n}\}_{m} = \left\{ \begin{array}{l} a_{i} = \frac{1}{i}\;\;1 \leq i \leq m\\ a_{i} = 0 \;\; m < i \end{array} \right.$$ 

 つまり、

$$\begin{array}{l}\{a_{n}\}_{1} = (1,0,0,\cdots) \\\{a_{n}\}_{2} = (1,\frac{1}{2},0,0,\cdots)\\\vdots\\\{a_{n}\}_{m} = (1,\frac{1}{2},\cdots,\frac{1}{m},0,0,\cdots)\end{array}$$

 

このベクトル列は、確かにコーシー列です。なぜなら、 

$s \geq t$として、

$$\| \{a_{n}\}_{s} - \{a_{n}\}_{t} \|^{2} = \sum_{i=1}^{\infty} (a_{s,i}-a_{t,i})^2 = \sum_{i=1}^{t} (a_{s,i}-a_{t,i})^2 +\sum_{i=t+1}^{s} (a_{t,i})^2  =\sum_{i=1}^{s-t} (\frac{1}{t+i})^2$$

3つめの$=$は、第一項は$\{a_{n}\}_{s}$と$\{a_{n}\}_{t}$がsまでは同じなので0になること、第二項は$\{a_{n}\}_{s}$が添字が$s$より大きいときは0になること、から出る。最後の式は$s,t$を十分大きく取ればこれが任意の実数より小さくできることを示している。よって$\{a_{n}\}_{m}$がコーシー列になることが示されました。

 

$\{a_{n}\}_{m}$が$l_{0}$の中に収束するとする。その収束先を$b=\{b_{n}\} \in l_{0}$とする。$b \in l_{0}$から、ある$n_{0}$が存在して$n>n_{0}$ならば$b_{n}=0$である。また、 mを$\infty$に飛ばすことを意識して、$m>n_{0}$としてよい。そのもとで以下を計算する

$$\| \{a_{n}\}_{m} - b \|^{2} =  \sum_{i=1}^{n_{0}}  (a_{m,i} - b_{i})^{2} + \sum_{i=n_{0} + 1}^{m}  (a_{m,i} )^{2}$$

これが、$m \rightarrow \infty$で0に収束するはずだが、第二項は$m>n_{0}$において$\frac{1}{(n_{0}+1)^2}$より大きい。よってこれは0に収束しない。だが、これは矛盾である。

 

以上で例を構成することができました。

 

空間の定義

定義1.4 バナッハ空間

完備なノルム空間をバナッハ空間という。

定義1.5 ヒルベルト空間

完備な内積空間をヒルベルト空間という。

 

内積空間はノルム空間なのでヒルベルト空間はバナッハ空間です。

 

ヒルベルト空間のコーシー列で収束しない例の$l^2$は実は"前"ではないヒルベルト空間です。*2そうすると、ある前ヒルベルト空間や、前バナッハ空間があったらそれを上手いこと広げてヒルベルト空間、バナッハ空間にすることができるような気がします。それは確かで、その行為を完備化といいます。

 

今回はここまでです。間違っているところや気になることがあったときはコメント等で教えてくれると嬉しいです✨。

*1:$*$は複素共役、つまり実数ならそのまま

*2:そこそこ容易に示せる